研究講座

誰にでも取り組める「明快総義歯作り」D

東京都世田谷区 松下寛

実践的な総義歯の咬合調整法について

1)如何に義歯の咬合の適否を判定するか

@咬合紙は当てにならない

 義歯の場合には咬合の適否を知る手段として、咬合紙は第一選択として適切ではありません。図1をみてください。一見口腔内でかみ合わさっている義歯を、チェックバイトをとって咬合器上でみたものです。臼歯部が大きく空いています。こういった義歯でも口腔内で咬合紙を咬ませれば、それらしい咬合接触が印記されます。

図1テキスト ボックス: 咬合器につけると大きく臼歯部が隙間がある

 

Aかみ合った義歯は口腔内で動くもの…義歯百態??

 では、どうして上記のようなことが起きるのでしょうか?義歯は歯根膜で顎堤に固定されていません。咬合のずれ(早期接触)があれば容易に口腔内で移動してしまいます。ですから咬合がずれている義歯でも一見口腔内できちんと噛んでいるように見えてしまうのです。図2〜5までに義歯の咬合のずれに起因する動きのパターンを示します。

図2

テキスト ボックス: 前歯が早期接触して義歯の後縁が浮き上がるパターン

 

 

 

 

 


図3

 

 

 

 

 

 

図4

テキスト ボックス: 臼歯部の咬合斜面が早期接触して咬合時に前後にスライドするパターン
 
 

図5

テキスト ボックス: 臼歯部の咬合斜面が早期接触して咬合時に左右にスライドするパターン

   

 

Bどうやって義歯の咬合のずれを知るか…第一選択は自分の五感!

 さて、どうすれば咬合時の早期接触を知ることが出来るでしょうか?筆者は日常的な手段としては、以下の二つを主に用いて簡便的な判定方法としています。

・咬合時の義歯の動揺を術者の手指で触知する(図6

図6テキスト ボックス: 術者の親指と人差し指を上顎義歯の3、4番相当部にあてながら、患者さんに軽くタッピングさせる。この時の義歯の動きを指で触知する

 

・咬合時の義歯の動揺(特に上顎義歯)を目で視認する(図7

図7テキスト ボックス: 指での触知と同時に義歯の動きを目で確認する。より確実に確認するならば、図のように上唇小帯付近の義歯の動きを見ると良く分かる
 
 

 

 

 これらの方法は一見ラフに見えるかもしれません。しかし習熟すると前後左右どの位置で咬合の早期接触があり、義歯がそれに伴ってどのように口腔内で動いているかがかなりの程度推測できます。その上で、ここぞと思われる部位に咬合紙をあてがって、推測どおりに早期接触が印記されるかどうかを見てください。

 

2)臨床的に受容できる義歯の咬合状態とは

総義歯の教科書を見ると、厳密な操作で咬合関係を付与することが必須である、と記載されているようです。でも筆者の経験では、そこまでせずとも、以下のような条件を満たせば十分に咀嚼機能を営む義歯を作成することが可能と考えます。

@カチカチとタッピングさせたときに臼歯部が前後左右に均等に接触すること

Aタッピング時に義歯が前後左右にぶれずに均等に沈下すること

B前歯はタッピング時に接触させないこと

C側方運動させたときに義歯ががたつかないこと

 多少臼歯部の咬合面が平らであっても、前後左右に均等に噛んでいることの方がはるかに重要な因子です()。

図8

テキスト ボックス: 筆者が作成して10年ほど経過した上下の総義歯。臼歯部の咬合関係は比較的平坦に調整したまま、大きな変化なく経過している
 

 

 

3)義歯の咬合紙調整の実戦的な手順

@大きな早期接触の有無の判定と咬合調整の適応症の判断

 前記の1)で提示した術者の手指を用いた方法で、義歯の咬合関係の適否を判断します。この段階で義歯の咬合時のずれが2ミリ以上あるときには咬合調整の適応ではありません。義歯を預かってリマウントすることが得策となります。それ以下の場合に咬合調整を行うことが有効です。

 

A大きな咬合干渉の削除(あるいは盛り足し)

次に手指の判定方法で推測した早期接触部位に咬合紙を挟みこみます。再度軽くタッピングさせて、早期接触の部位を咬合面に印記します。この部位を削除して、咬合時の義歯の大きなずれをまず消去します(図9〜10)。

 

図9テキスト ボックス: 指による触診で左側小臼歯付近に早期接触があると推測した

 

10テキスト ボックス: 咬合紙を挟んでタッピングさせると左上4、5番にはっきりとした印記が出てきたのでここを削除した
 
 

 

B前歯の咬合干渉の削除

 下顎前歯が上顎前歯部に強く当たっている場合にはこれを削除して、わずかにあたらないようにします(1112)。

 

11テキスト ボックス: 口腔内で新たにタッピングさせると、今度は前歯部が早期接触していることがわかる

 

12テキスト ボックス: 前歯部の早期接触部(上顎あるいは下顎)を削除する
 
 

 

C臼歯部最後方部の干渉の削除

 人工歯の7番相当部、あるいは義歯床の最後方部が衝突していることがしばしばあります。人工歯あるいは床の削除で対応します(1314)。

 

13

テキスト ボックス: 義歯床の最後方の床縁が上下で衝突している

 

14

テキスト ボックス: 衝突している義歯床の部分を薄くするか、短くして人工歯だけで当たるように修正する

 

Dリンガライズドに準じた臼歯部の調整

 この段階から咬合紙を主体として臼歯部の咬合調整を行います。咬合関係はリンガライズド咬合に準じて下顎臼歯部を比較的平坦に削除し、上顎の舌側咬頭を保存します。5、6番相当部を咬合の中心となるようにしてください(1517)。

15テキスト ボックス: こういった咬合小面で斜めに噛ませるやり方は現実的ではない

 

16テキスト ボックス: 下顎は比較的平坦に、上顎は舌側咬頭のみを噛ませるリンガライズド咬合に準じたやり方が義歯の場合には無難

 

17

テキスト ボックス: 口腔内での咬合調整ではこの程度が妥当なところ
 

 

@前歯部、最後方臼歯部の再チェック

 臼歯部の咬合調整を行ってくると、わずかに咬合高径が低くなるので前歯部、臼歯部の最後方部が再度早期接触を起こす場合があります。再度チェックして、この部位に早期接触が再現している場合には咬合調整を行ってください。

 

A側方運動の調整

 タッピング運動時の臼歯部の咬合関係が均等になったらば今度は側方運動をさせます。厳密にガイドを付与するというよりも、むしろ側方運動時に引っかかりのある人工歯の部分を削除して、スムーズに側方運動ができる様にするという考えのほうが妥当と思います。上下顎の3、4番相当部に早期接触が発生する場合が多いので、この部位を削除しておきます(18)。

18

テキスト ボックス: 側方運動をさせると丸で囲んだ部分が早期接触する場合が多いので、この上下の人工歯を削除して、スムーズに義歯がスライドするように調整する

 

以上

(参考文献)

1)松下寛「これならできる明快総義歯作り」砂書房(2003年)

2)松下寛「DVDでわかる明快総義歯作り(上下巻)」砂書房(2004年)

3)松下寛「義歯の技 リニューアル塾」月刊アポロニア212005年9月〜2006年3月)

<<おわり>>