研究講座

小児における咬合管理A

大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学教室教授

                大嶋 隆

今回の研究講座では,永久歯が萌出を開始する混合歯列期の咬合管理について記載する.

B.混合歯列期の咬合管理

1.永久歯の萌出時期

一般に永久歯の萌出は6歳頃に始まり,12歳頃完了する.最初に萌出する永久歯は下顎の中切歯で,平均6歳1カ月である.しかし萌出時期には大きく個体差がみられ,早い小児で4歳8カ月,遅い小児では9歳3カ月頃になって萌出することもある.

2.不適切な萌出順序による歯列不正

1)理想的な萌出順序

上顎においては,第一大臼歯→中切歯→側切歯→第一小臼歯→第二小臼歯→犬歯→第二大臼歯,下顎においては,第一大臼歯→中切歯→側切歯→犬歯→第一小臼歯→第二小臼歯→第二大臼歯が望ましい萌出順序である.しかし最も望ましいことは第二大臼歯が最後に萌出し,側方歯群と第二大臼歯との萌出との問に時間的余裕があること,また上顎においては第二小臼歯と犬歯の萌出との間に時間的余裕の少ないことである.

2)萌出順序の異常

・下顎において,小臼歯に先行して第二大臼歯が萌出すると,第二小臼歯の舌側転位が起こりやすい.

・上顎歯列弓において,小臼歯に先行して犬歯が萌出すると,犬歯の唇側転位が起こりやすい.

・左右側で萌出の時期に大きな違いがあると,正中線の偏位が起こる.

・第二小臼歯が犬歯あるいは第一小臼歯より早期に萌出し,しかもこれらの側方歯群の萌出まで時間を要する時には,第一大臼歯の近心転位を引き起こし,リーウェイスペース(乳歯側方歯群と永久歯側方歯群の歯冠近遠心幅径の和の差をいい,乳歯の方が上顎で約1mm,下顎で約3mm大きい.主に第二乳臼歯が第二小臼歯より大きいことにより生じる)の減少による側方歯群の叢生を引き起こす.

上顎第一大臼歯の異所萌出

 上顎第一大臼歯は第二乳臼歯の遠心面に接しながら萌出する.しかし,上顎骨が小さかったり,成長が遅れたりすると,隣接する第二乳臼歯の遠心根を吸収して萌出することがある.

1)ヤングの分類

・ジャンプ型:隣接する第二乳臼歯の遠心根を吸収するが,上顎皆の成長により,最終的には第二乳臼歯の後方に萌出するもの.

・ホールド型:隣接する第二乳臼歯の遠心根を吸収し,第二乳臼歯を脱落させて萌出するか,第二乳臼歯を抜去しなければ萌出しないもの.

 

2)発生頻度

・2-3%の頻度で発生し,ジャンプ型が多い.

・家族傾向が認められる.

3)治療法

・レントゲン診査で発見し,第一大臼歯が未萌出の場合には,自然萌出する(ジャンプ型になる)かどうかを観察する.

・第一大臼歯が第二乳臼歯の歯冠の下に肉眼で認める場合には,第二乳臼歯を抜去し,第一大臼歯の萌出を促す.この場合,上顎劣成長の可能性が高いため,矯正医に紹介する.

4.前歯部スペース不足による叢生

 乳切歯と永久切歯それぞれ4歯の近遠心幅径の差は,平均して上顎で7mm下顎で5mmである.この萌出余地の不足分を,@犬歯間側方成長,A歯軸の変化,B上顎骨の前方成長,C乳歯列の生理的空隙により補っている.このため永久切歯萌出時の2−3mmのスペース不足により生じる前歯部の叢生は,顎と咬合の成長によりひとりでに修正されることが多い.しかしスペース不足が顕著な場合には,上下顎4切歯の萌出後に側方歯群の歯冠幅径を予測(後述)し,ディスクレパンシーの有無およびその程度を計測する必要がある.

 1)両側を合わせたディスクレパンシーが2mm以下の時には,保隙装置を装着して,永久歯萌出順序に不正が現われてもスペースが保持できるようにする.

 2)ディスクレパンシーが4mm以内の時には,第一大臼歯の遠心移動,あるいは上顎歯列弓の拡大を試みる.

 3)ディスクレパンシーが5mm以上の時には,矯正医に紹介する.

5.スペース分析

 第一大臼歯および上下顎中・側切歯が萌出すると,これから萌出する永久歯側方歯群の歯冠幅径を予測することが可能となる.この予測値と歯列弓内に認められる永久歯萌出スペースを比べることにより,永久歯の配列に問題がないかを評価することができる.

1)分析法

・歯列模型を用いて,乳犬歯近心面から第一大臼歯近心面,および中切歯近心面から側切歯遠心面までの長さを,上下顎,左石について計測する.

・下顎中切歯および側切歯の歯冠幅径を計測する.

・下顎中切歯歯冠幅径の総和から永久歯側方歯群の歯冠幅径の総和を小野の方法(表1)で推定する.

・上顎および下顎について,左側第一大臼歯近心面から右側第一大臼歯近心面までの利用可能なスペースの長さと,切歯部の実測値と側方歯群の予測値から得られる萌出に必要なスペースの長さを比較する.実測値が予測値よりも大きい場合にはそのまま観察し,逆に小さい(ディスクレパンシーがある)場合には,そのディスクレパンシーに応じた処置(上述)が必要となる.

1.永久歯側方歯の近遠心幅径を推定する小野の計算式

1.下顎4切歯近遠心幅径の和(])から下顎側方歯近遠心幅径の和(Y)を予測する式

    男子:Y= 0.523] + 9.73 + 0.50

    女子:Y= 0.548] + 8.52 + 0.56

2.下顎4切歯近遠心幅径の和(])から上顎側方歯近遠心幅径の和(Y)を予測する式

    男子:Y=0.534] + 10.21 + 0.58

    女子:Y=0.573] + 9.02 + 0.61

6.正中離開

 永久中切歯・側切歯が萌出しても正中離開が閉鎖しないことがある.その原因は,@みにくいあひるの子の時代,A上唇小帯の異常,B正中過剰歯の存在,C側切歯が先天欠如あるいは矮小歯,であることが多い.

1)みにくいあひるの子の時代

 混合歯列期前期の上顎前歯部の萌出過程において,一時的な上顎の正中離開が認められる.これは,萌出した側切歯の歯根は犬歯歯冠の唇側近心に位置するため,犬歯の萌出力によって側切歯は遠心傾斜し,それに隣接する中切歯も遠心傾斜する.このため,中切歯間に空隙(正中離開)が生じる.この正中離開は,犬歯の萌出に伴って側切歯の遠心傾斜は修正され,中切歯ともども正しい歯軸にもどるため閉鎖される.したがって犬歯萌出前に認められる上顎の正中離開は生理的なものであり,矯正治療を行う必要はない.

2)上唇小帯の異常

 乳歯列期における上唇小帯の発育過剰による正中離開に対しては,上唇小帯がひとりでに退縮することが多いため,永久中切歯および側切歯の萌出まで観察する.しかし,中切歯および側切歯の萌出後も上唇小帯の強直に起因する正中離開が存在する場合には,上唇小帯切除術を行う.正中離開が小さい場合には,手術によりひとりでに直るが,大きい場合には両側中切歯にブラケットを装着して,近心移動させる必要がある.

 

3)正中埋伏過剰歯

 埋伏した逆生過剰歯が原因で正中離開を引き起こしている揚合には,中切歯の萌出後抜歯する.

7.上顎中切歯の埋伏

 対側の中切歯が萌出し,隣接の側切歯が萌出し始めたにもかかわらず,中切歯が未萌出の揚合には,早急にその原因を明らかにする必要がある.外傷の既往があれば歯牙の彎曲や萌出方向の異常,乳歯の早期脱落があれば歯肉の肥厚が考えられるが,歯牙腫あるいはFolicular Cystによる萌出障害も多い.

1)診査法

・外傷の既往を問診する.

・口腔内診査して隣在歯の傾斜や当該部の膨降感を調べる.

・]線診査して歯牙彎曲や萌出方向の異常と歯牙腫あるいはFolicular Cystの有無を調べる.

2)処置法

・原因を除去し,それでも萌出しないときには開窓および牽引を考える.

1)開窓法

・萌出スペースが十分にあり,埋伏する中切歯の位置,方向に異常がなく,歯牙彎曲を認めない症例が適応となる.

・歯肉,歯槽骨を切除し,歯冠の一部を露出させるその後定期的に診査し,埋伏歯の萌出傾向が認められれば,萌出まで観察する.

2)牽引法

・開窓後も萌出がみられないものが適応となる.

・開窓後,埋伏歯冠に結紮線を結んだリンガルボタンを接着させる.

・結紮線をリンガルアーチに付いたフックに結び,牽引する.

・歯冠萌出後,リンガルボタンをブラケットに替え歯列内に誘導する.

3)抜歯

・歯の移動軸が90度以上のもの,あるいは歯根の彎曲度が60度以上のものが適応となる.

8.先天欠如

 すべての歯が欠如している場合をAnodontiaといい多数歯の先天欠如を01igodontia,1−2歯の先天欠如をHypodontiaという.

1)乳歯の先天欠如

 乳歯の先天欠如は極めて稀(0.5%程度)で,ほとんどが上顎乳切歯である.乳歯の先天欠如はふつう後継永久歯の欠如を伴う.乳歯の多数歯欠如はほとんどが外胚葉異形成の患者である.

2)永久歯の先天欠如

 永久歯(智歯以外)の先天欠如の出現度は2−3%で上顎側切歯と上下顎第2小臼歯に多い.

 a)下顎第二小臼歯の先天欠如に対する処置

・第二乳臼歯の保存を図り,脱落後にブリッジを装着する.

・ディスクレパンシーが小さい時には,第二乳臼歯の遠心根の根管充填を行った後,近心根をヘミセクションして除き,犬歯・第一小臼歯の遠心移動

を促す.前歯部の叢生を是正した後,第二乳臼歯の歯冠形成を行ってクラウンを装着し,第二乳臼歯の保存を図る.

・ディスクレパンシーが大きい時には,対側の第二小臼歯の抜歯を前提に,矯正医に紹介する.

 b)上顎側切歯の先天欠如に対する処置

・正中の偏位をきたさないように注意するとともに犬歯の近心移動を促して,空隙の閉鎖に努める.

 混合歯列期の咬合管理で最も大切なことは,乳歯の抜歯を急がないことである.下顎4切歯の萌出により叢生が認められても,乳犬歯の抜歯を急いではならない.乳犬歯の抜歯は切歯の叢生を是正するが,乳犬歯の抜歯により作り出されるスペースにより切歯の舌側傾斜をもたらし,大きなスペースロスを引き起こすことになる.

 

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